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2008年2月

しょこたん 番組での発言謝罪

 なんて話題になっている今日この頃。

昨日、夜8時から6時まで寝ていた私はなんて平和なんでしょう。

あーもったいない、もったいない。

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思うのだが・・・。

優柔不断は、やっぱいかんよなーw

未だにこれだけは治らんしw

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みやざきけんいちの半生10

【分岐点】

 その後、西杏子とは、一応カレに気を遣いながらもカレの事等の相談を受け、仕事帰りの喫茶店などで会うようになった。たまにだけど。そんな状況の中、稲丘藍子の方はというと、全く連絡が途絶えたのでは無く、向こうからたまに連絡はあった。勿論こちらからはすることは無かった。

 そんなある日・・・。

1本の電話が、寮に掛かってきた。

稲丘藍子からであった。内容は、風邪を引いたらしく、家に誰も居ない為、もがき苦しんでいるようだった。

なぜ?

なぜ、私に?

と思ったのだが、相手が病気という事で助けを求めているのなら、仕方ないかと、彼女の家を訪ねることにした。

彼女は布団の中で寝ていた。

とりあえず、体温計で熱を測り、熱があるのを確認して、救急病院へ連れて行った。

診察を受け、薬を貰い、家へ帰った。

少し楽になったのか、家で少し会話をした。

『何故カレに連絡しないの?』

『心配されるのが嫌だから・・・』

『でも、俺じゃないでしょ。普通。ねーちゃんとか親でしょ。それなら・・・』

『家族にも心配されたくないから。』

『・・・・・』

分かった様な、まったく理解できないような・・・。

そんな会話をした後、少し食事を摂らせて、薬を飲ませた。

少し経って、彼女は寝た。

家族はその日、結局帰って来なかった。

私は、誰も居ない中、1人にさせられなかったので、その日は朝まで彼女の家に居た。

次の日。

当然仕事のある私は、出社しなければいけないのだが、彼女の病状は安定せず、まだ熱があり、そのまま会社へ行くわけに行かず、会社へ病気だと嘘を言って、その日は休んだ。

昼間は、ご飯を買ってきて食べさせ、後は寝ている間はボーっとしていた。

夜になり、彼女の姉が帰って来た。私は彼女の姉に事情を説明すると、彼女の事をお願いして寮へ帰ったのであった。

が、しかし・・・

1時間ほど経って、寮へ電話があった。

彼女からであった。

内容は、また少し熱が出てきた事と、姉に言えないという事でわざわざ電話してきたようだった。

結局、また彼女の家へ行った。

彼女の姉が出てきて、一言、

『私は奥に行ってますから。』

と言葉を残して、奥の自分の部屋へ行った。

私は、また救急病院へ連れて行き、昨日と同じ行動を取った。

帰りたかったが、姉は部屋から出てくることも無く、仕方なくその日も朝まで付き添うのであった。

またまた次の日。

かなり回復したようだったので、その日は朝早く寮へ帰り、出社した。普通に仕事を終えて、寮へ帰ると、黒板にメッセージが書いてあった。

【稲丘さんが連絡欲しいとの事。】

そのまま電話をすると、またもや具合が悪くなったとの電話だった。

仕方ないので、また彼女の家へ向かった。

かなりマシになってはいたが、ずっと病気で弱気になっていた様子。看病した後、今度は彼女は口を開いた。

『カレと別れる・・・。』

突然過ぎて、すぐに反応出来なかったが、私の気持ちは無視なのかと思いながら、質問した。

『カレに言えるの?実際?』

『頑張って言う・・・』

私は、別に期待もしてなかった。ただ、病人をほってはおけなかっただけ。彼女の事は1度諦めた時点で、気持ちも盛り上がっていなかったし、この状態になって良かったのかなんて、その時は判断出来なかった。

ただ、その日も傍に居て、次の日の朝、元気になった彼女を確認して寮へ帰るのであった・・・。

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あのー

読んだら、カキコよろしくね。

突っ込みがなーーーい

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みやざきけんいちの半生9

 稲丘藍子との別れがあったのにも関わらず、私はあまり落ち込んではいなかった。それというのも、ああいう形で答えを出すのに、他に選択肢なんて無かった事、今まである意味自分の時間をほとんど、稲丘藍子につぎ込んでいたので、ずっと西杏子と会えなかった事が心残りであった為、ゆっくり西杏子の話が聞けるという期待感があった。ただ、考えてみれば、稲丘藍子と会っている間に連絡が無かったのも事実。少しの不安を抱えながら、夜に彼女と会う。

 久しぶりに会って話したのはなんと寮の前の道路。時間が遅いので、あまり人気は無いのにも関わらず大胆な行動。話は他愛の無い会話から始まったが、話が進むにつれて彼女は、ある事を話し出した。

 最近私に連絡を取らなかった事、相談もしなかった事、理由は確かにあった。在る人が私との連絡を取らないように、そしてベラベラ私にいろんな話をしないようにと、彼女は片想いのカレに言われていたらしい。彼女は忠実に数ヶ月の間、それを守ってきたのであった。それを聞いて、馬鹿らしいと思いつつ、裏返せば、彼女と私の関係というのが、カレにしてみれば、友人とは言え、なんでも話せる存在だと認識しているという事に、ある種の満足感はあった。だが、立場は相変わらず相談役であり、それ以上にはなれないのはわかっていたのだが・・・。

 ある時、会社で建築部の女性と雑談をしているとある話題が持ち上がった。それは、近くにラブホテルが新築オープンすると新聞に出ていて、どんな所か1度見に行きたいという話になったのだ。そんな話に乗るのが私で、2人の女性の話に2つ返事でOKをし、帰りにそのホテルに行こうという話になった。勿論お目当ての西杏子と、あと宮元さんの3人で、ホテルへ行く前にケンタッキーフライドチキンを買い、ほとんどピクニック状態で、ホテルに入るのであった。

 ホテルは真新しい事くらいで、ごく普通のラブホテル。雑談を1時間半ほどして体験コースは終了した。

 帰りは、何故か西杏子は別行動になっていた為、宮元さんと2人で会社の駐車場へ向かった。運転中、今まであまりプライベートに触れた事の無かった彼女へいろいろ質問をしてみた。重いながらも少しずつ口を開く彼女。その中で、以前に噂で聞いていた彼女の好きな人について、鎌をかけてみた。すると簡単に否定するかと思ったら、急に黙りこんでしまい、暫くして彼女は泣き始めたのだった。その涙は、今まで自分の気持ちを他の人へあまり言わない彼女の張り詰めた気持ちが切れ、想いが涙となって止まらなくなったようだった。彼女は約1時間もの間、ほとんど話す事は無く、ずっと泣きながら私の話を聞きながら、自分の気持ちを確認しているかのようだった。

私はこの頃から人の話を聞くのが苦じゃなくなってきた時期なのかもしれない。

結局、彼女の恋は淡いままで終わるのであるが・・・。

続く

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みやざきけんいちの半生8

 モテる訳でも無いのに、稲丘藍子と西杏子の事をはっきり出来ない私に、何故かタイミング良くというか、西杏子からの相談の電話がぱったりと止まる。その頃、私はというと、稲丘藍子からの電話が、寮へ1日置きに掛かって来る状態で、仕事が忙しく、いつも寮に居ないのにも関わらず、帰ると寮の黒板に電話ありの文字が書いてあったのだった。いつもその後に電話を掛けて、彼女と話しながら、他愛の無い話を1時間ほど続けて、それでも切らない彼女に対し、『逢おうか?』の言葉を出して、ようやく電話を切る事が出来るような日々を過ごしていた。いつも、逢うのは10時過ぎで帰るのが12時を過ぎてしまう。自分の中では、好きなのかどうかわからぬまま、初めのキスの事が済まないと思った気持ちからどんどん流されて、いつの間にか相手のペースに巻き込まれているようだった。

 出会い始めて3ヶ月が過ぎようとした頃、2人の間に変化が起き始めた。彼女が電話口で、

『貴方と逢っていると友達との時間が取れない!』

と一方的に私を責めた。私自身、いつも流されるがままに逢っていたのに、私のせいでと言われてしまうと、正直、『何を言ってるの?』と逆にわがままな彼女の一面を見てしまい、拍子抜けしてしまっていた。ただ、彼女が本当に友達との時間が欲しくて、私のせいで時間を無くしてしまっているのなら、私のペースに合わさなくてもいいのではと思い、

『友達と逢いたいのなら、逢っていいよ。私は仕事が忙しい時もあるし、夜も遅いから待って無くてもいいよ。』

と、電話口で話すのであった。

 そんな話をしてから、少し経って、奈良の現場からの帰り道、24号線を南下中に、ある姿を発見した。それは見覚えのある後ろ姿で、男と2人きりで歩いていた。友達と遊びに行っている話は良く聞いたが、てっきり女性の中の親しい子だとばかり思っていた私は、直接確認しようと思ったが、既に姿が無く、1度寮へ戻るのだった。

 しかし、自分の気持ちが納まらず、オトコと逢いたくて、ああいう電話をしてきたのかと、自分が情けないやら、彼女の気持ちがまったく見えないやらで、とにかく本人に聞かないと気が済まないと思い、そのまま彼女の家の前で、彼女が帰るのを待っていた。当時は携帯電話という便利なものも無いし、まだポケベルも普及していない中で、連絡を取るとなると、帰りを待つくらいしか無かったので、彼女が帰ってくるまでの2~3時間、私は車の中で、じっとしているしかなかった。

 彼女が12時頃帰って来た。彼女は少し飲んでいるらしく、アルコールの匂いがした。私は彼女が家に入る前に、車を降り、慌てて呼び止めた。すると彼女は私が待っているなんて思っても見なかったらしく、少し驚いたみたいだったが、すぐに冷静になった。

 『今日、誰と遊んでいたの?』

と質問する私。すると彼女は

『友達と飲んでたよ。なに?』

と普通に答えたのだった。その後すぐに、

『今日、大和高田市駅の近くで見かけたよ。』

と言うと、少し間をおいて、こう答えた。

『あ~。だから友達だよ。みんなと一緒だよ。』

『そう?私が見た時は2人だったけど・・・。』

彼女は口を閉ざしてしまった。暫くして彼女は家の中に入り、電話を掛けていた。

とりあえず、私は家の中に招かれ、2人で中に居ると、1人の男性が入ってきた。

すると、彼女はこう言った。

『友達の中の1人だけど、逢ってて楽しいし、好きな人。あとは2人で話し合って。』

と・・・。

言葉が出なかった。というより呆れてしまった。カレに私はなんと言えばいいのだろう。彼女と別れてくれ?それとも、なぜ私の彼女を取ったんだ?考えれば考えるほど、沈黙がずっと続く中、馬鹿らしくなってしまい、私が、

『頑張って。』

と言葉を残し、その場を去った。

元々棚ボタみたいな始まりだったから、こんな感じでもいいのかな・・・、片想いでも、好きな人を見続ければいいのかなと思い、車を運転していた。既に時間は夜明け前の5時になっていた・・・。

続く

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みやざきけんいちの半生7

 車に乗った女性の内、自分の心が揺れたのは西杏子でした。容姿とかより、気軽に話せるのが、自分には何より魅力で、その日1日彼女を目で追いかけていたと思います。ただ、話をするのも殆ど無い状態で、私と同僚の乗った車は、帰りも新人2人を乗せ、殆ど会話の無い状態で帰ったのでした。

 その後は、自分も寮から近くの現場を任される事になり、本社への行き来も多くなり、彼女達との接点も多くなってきました。気持ちは少しずつ西杏子に惹かれて行ってるのは自分でもわかりました。

 ある時、私は本社で仕事をしていると、定時になり、工事課の西杏子はすぐに帰り支度をすると、工事課を出て行きました。私はちょうどその時2階の会議室で仕事をしていると、他の女性陣が2階の部屋へやってきました。その時にあった出来事は・・・。私をみんなで奪い合いを始め、私が必死に止めて・・・、なんて話になればいいのですが、実際には、西杏子が会社を出て行くのを上から見ながら、彼女の話をし始めました。その内容は、工事課での彼女の態度、男に対する接し方などをほとんど批判に近い話を、総務の女性と工事課の女性が集まって、私の前で話しているのです。私に対しても同意を求めるようにしてきたのですが、私はうなずくばかりで、それ以上の事は言えませんでした。きっと、彼女達は、私が彼女よりだという事をある程度分かっていながら、あえて私の前で話していたのかもしれません。確かに私の知らない彼女像を知る事になり、彼女が私以外の男性を好きだという事も、その時、はっきりわかり、正直言うと半分どうしようかなという気持ちにもなりましたが、人から聞いただけで嫌いになれるわけも無く、私が彼氏になれる可能性が消えたにしても、私は彼女の味方で居ようとその時思ったのです。

 それからの私は、彼女と会話にしても、普通に接し、彼女にとって負担にならないように、良い友達、良き相談相手であろうとしてきました。彼女も、少しずつ私に悩みを相談してきて、時には、空いた時間に喫茶店で待ち合わせをして、ずっと彼女の話を聞いていました。私は、彼女と居る時がホッとしていたし、例え、話の内容が好きな男性の事であっても、絶対嫌な顔をせずに、彼女が胸の痞えが取れるまで、ずっと聞いていました。

 ただ、好きな気持ちは抑えきれずに、ある時、話している時に、思わず彼女に好きな事を打ち明けました。彼女は動じず、というより分かっていたのでしょうけど、その気持ちを分かっても関係が崩れる事はありませんでした。きっと、今の関係の方が彼女にとって安らぐのだろうし、私の事は異性というより弟みたいな存在になってしまい、異性への意識が無かったのかもしれません。彼女はそんな状態でも1度だけ、私の気持ちに答え、キスをした事がありました。実はそれが彼女とはどこかで繋がっていたいという気持ちになってしまい、ずっと引きずってしまうのですが・・・。

 実はこういう中で、他の人とデートに行った事がありました。相手は蔵元直実。1月3日だったと思います。私は年末年始に実家へ帰らずに奈良のほうへ居たので、寮で毎日に暇な毎日を過ごしていたのですが、それを見かねた彼女が、一緒にデートに行ってくれるという事で、朝から映画に行く事になりました。それも3人で。実は後輩の小楠(実名)も寮に残っており、3人という条件で行く事になっていました。本当にデートというよりは、3人で映画を見たというだけの素っ気無いデートで、昼過ぎには解散というものでした。その時、彼女とは会話の内容を探すのも大変だし、きっと合わないな~と思ったときでもありました。

 西杏子をずっと追いかけていた毎日がまるっきり変わる事が起きました。

 ある日曜日、私は彼女とデートしたくて、朝から色々な事をイメージし、寮の電話は回りにばれてしまうと思って、近くの本屋の公衆電話まで行き、そこから西杏子へ電話をしました。11時くらいだったと思います。電話を掛けると彼女が居て、普通にデートの話を切り出しました。が、彼女は用事があるといい、結局断られてしまいました。今日1日を彼女との時間にしようと決めていた私は愕然とし、この空いた時間をどうしようと思っていたのですが、暫く公衆電話の前で考え込み、1週間前にあった出来事を思い出していました。

 それはこういう事でした・・・。

 その頃、仕事をしていた現場のすぐ近くに金物屋があり、そこの敷地を借りて現場事務所として利用していました。当然その金物屋には仕事上の金物とかを購入しに行ってた訳ですが、その店に1人だけ若い女性が居ました。稲丘藍子。歳はその時まだ19歳。入って間もない子で、実際話す機会は殆ど無かったのですが、他の女性と会話しているのも見ていて、時にその会話に対して笑ったりしていました。たまに彼女が会社の外を歩いていたりしていた時に、声を掛けて、会釈程度に『今度遊びに行きましょうね。』と言ったりしていました。1週間前に、たまたま外でまた逢って、会釈をすると、いきなり彼女が、

『そういえば、あれから誘ってくれませんね。』

と切り出され、たじたじになった場面があったのです。

それを思い出し、彼女の家に電話を掛けました。

彼女が電話に出て、すぐに私と分かったようです。自分の中では、まぁ無理だろうけど、言うだけ言ってみるかという感じだったので、気軽に、

『この前、誘ってくれないって言われたんで、掛けてみました。遊園地にでも行きますか?』

と言ってみると、『はい。』の返事が。

あれ?昼前でこれから段取りしてたら、時間無いんじゃないの?と思いながら、すぐに迎えに来ていいというので、彼女の家の近くへ迎えに行き、そのまま遊園地へ行きました。夜まで遊んだ後、居酒屋で晩御飯を食べる事にしました。私は車なので、アルコールは飲みませんでしたが、彼女に勧めると自分で日本酒を頼み、弱い弱いと言いながら、彼女は結局4合飲んでしまいました。当然酔っ払い、帰りの車の中では寝てしまい、帰りたくても家が分からない状態で、彼女を起こそうとしても起きる気配が無く、意識はあるけれど、起きる気が無い。そんな状態で、私は彼女を起こすつもりで、いろんな言葉で起こそうとするけれど、起きない彼女に、

『起きないとキスするからね。早く起きなさい。』

と言うと、彼女は

『していいよー。』

と言って寝てる状態。私はずっとそう言って起きるのを待っていましたが、それでも起きずに居る彼女を最後は、とうとうキスをしてしまいました。すると彼女は起きて、ようやく家の場所を教えてくれるのでした。

次の日。私は彼女にどういう顔であっていいかわかりませんでした。あのキスの意味はなんなのか?飲んだ勢いか?それともそうなりたかったのか?分からない事ばかりで、もし、本当に意識が無いままでしてしまったのなら、謝らなければと思えば思うほど、逢いづらくなり、その日は逢わずに過ぎてしまいました。

火曜日。彼女と外ですれ違いました。その時、

『この前はごめんね。』と咄嗟に謝ると、彼女は、

『え?なにがですか?』と言われ、拍子抜けしてしまい。

『キスしたことですよ・・・。』と言うと、

『あ~~。はい~。』というだけで何も気にしてない様子であった。

付き合ったことの無い私にとって、このリアクションをどう取ればいいかわからなかったし、なにより自分の気持ちがどうなのかもわからないまま、稲丘藍子との事も平行して続いていくのであった・・・。

続く

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みやざきけんいちの半生6

 社会人2年目で、慌しく毎日を過ごしていた私の中で、人生の転機が訪れようとしていました。今までの中で、『恋愛』という場面に遭遇していない私。つまり恋愛経験も無ければ、体験もしていない・・・。童貞のまま、20歳を迎えていました。自分の中では、たいした事では無く、その頃は純真というか、恋愛をして、結婚する相手とそうなれば良い・・・と本当に考えてた時代でもありました。が、しかし、その考えが崩壊する場面に遭遇してしまいます。それは、2年目の社員旅行での出来事でした。

 社員旅行の場所は松江市の温泉旅館。社員旅行でありがちな宴会の時に、コンパニオンを呼んで、盛り上がった所に、近くの店から呼んで来たストリッパーの、宴会場でのストリップ。みんなが盛り上がっている中で恥ずかしいのを誤魔化しながら、見ている振りをしている私。そういう私を見つけて、わざと私の前で股を開いて、茶化すストリッパー。それを見て大騒ぎする周囲の社員。恥ずかしいのなんのって、もう逃げ出したいくらいでしたが、そこを笑って誤魔化す私でした。

 そんな宴会も終了し、みんな盛り上がったままで、外へと出発しました。メンバーは寮生が中心でタクシーに乗り込みました。寺家寮長を中心に向埜先輩、五籐さん等々。私もそれについて行きました。記憶では、前回の時には、このままストリップ場へ足を運び、見た覚えがあるのですが、今度は違いました。今度は・・・・ソープランド。私はあまり飲めないのに飲んでしまった為、行くのに全く抵抗が無く、ふらふらと店に入っていました。

 店に入ると何人かの女性が居たみたいで、すんなりと相手が決まっていました。部屋に入ると確かにお風呂があり、そこに女性が1人座っていました。

『いらっしゃいませ。若いわねー。』

と言われたような気はしましたが、反応が鈍く、女性の顔を見た時に、『お母さん?』みたいな感じがしたので、思わず、

『おいくつなんですが?』

と質問すると

『30過ぎですよー。』

との返事が返って来ました。

正直、少し目が覚めました。嘘でしょー。どう見ても50過ぎのおばさんなのに、歳かなり誤魔化してる~、心の中で叫びましたが、まだまだ相手にしてみれば、私なんて小僧みたいなもので、静かに相手の言う通りにしました。服を脱がされ、お風呂で身体を洗ってもらい、後は・・・。

記憶に無い訳では無いのですが、自分から何かをしている訳では無く、自分はただマットの上に寝たままの状態で相手の方が優しく色んな事をしてくれました。気がつけば、終了の時間になり、きっちりとする事はしたようでした。

『ん?こんなもんなのか・・・。』

と、今まで守ってきた貞操なんて終わってしまえば、たいした事のない出来事に過ぎず、この瞬間に自分の中で何かが弾け、ここを境に私の行動にある変化が出てくるのです。それは何かというと、今まで自分で女性とどう接していいか悩んでいた時期、女性と付き合うことが出来るのかと悩んでいた時期、そういうのはなんだったのだろう、女性には優しくしなければと想いが強くなる反面、女性に優しくするのなら、もっと女性に積極的に接してもいいのではないか、引っ込み思案では何も始まらないのではと、悲観的から考えから少しずつ自分からそういう場に出て行かなければ・・・というふうに考えるようになり、3年目に入った社会人生活から、会社の輪の中に飛び込んでいく事になるのです。ようやくここから会社の女性社員との交流が始まっていきます。

 まず、話をしていたのは、西杏子に大田女史(仮名)。勿論工事課の事務という事で話す機会が多かったのもありましたが、大田女史は、研修時に後ろの席に居た方で、研修中にはしゃぎまくったものの、軽くあしらわれ撃沈させられた方。西杏子は、ノリはよく、よく話す人で、とても綺麗という感じでは無かったのですが、愛想がよく、私にとっては話しやすい人でした。

 総務の方も少しずつ話すようにはしていましたが、部署が違うのと、話題の無さでどうも仲良くはなれなかったのですが、みんなの輪の中に最初に入っていったのが、みんなで遊びに行こうと車数台で行った京都、神戸の時でした。当然3年目になっていましたので、新入社員も入っており、総務では服元女史、工事課では宮元女史の2人も同行することになって、私の初めてのグループ交際がスタートしました。

 実を言うと、この時は、自分の中で既に気になっている人は居たのですが、まだまだ自分の中でもはっきりしていない状態。話しやすい方がいいのか、可愛いのがいいのかなんて勝手に考えながら、車に乗り込んでいました。女性たちは休憩所で乗る車を交代しながら、ローテーションしていき、満遍なくみんなが乗ってくるようにしていました。が、後から考えれば、私達の乗っていた車には、何故か新人の2人が良く乗っていたような・・・。これはいいのか悪いのか・・・。寂しかったですけどね。

場所は嵐山。ここで何故かみんなでボートに乗ろうということに。こういうのは早い者勝ち。ということで、気がつけば、男性2人、女性2人が余り。正直、ボートに乗ろうなんて思っていませんでしたが、みんな乗っているのに自分だけ拒否するのも変かなと宮元女史と乗る事に一緒にボートに乗りました。それから先は大笑いの連続で、オールを漕げども前に進まず、ただ川の流れに流されるように進み、ひたすら漕ぐ私とは反対の方へ向かって行きました。その間話す事もなく、ひたすら漕ぐのみ。気がつけばネットに引っかかる寸前にまで行き、そこで初めてオールの持ち方が反対だという事に気づいて、ようやく難から逃れました。結局漕ぐのみで終わり。つまらんオトコだと改めて認識した時でもありました。その後、車で移動する時に、自分の気持ちの変化に気がつきました。乗車してきたのは、西杏子と中東香織でした。その時何故か気持ちが高ぶり、どきどきしている自分に気がつきました。気にはなっていたのですが、その時に好きなんだと気がついた瞬間でもありました。どちらにか?勿論・・・。

続く

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みやざきけんいちの半生5

 学生時代は華やかな場面の無かった私ですが、社会人の出発は奈良県でした。

 仕事は現場監督さん。会社には1週間の研修を経て、実践へと送り出されるのですが、その研修中に、以前の私とは違った行動をするようになっていました。研修には女性も当然参加しているのですが、研修中は、女性に気軽に声を掛け、今で言う『チャラ男』みたいなキャラになっていました。ターゲットは絞りませんでしたが、結局軽く交わされ、軽いオトコというのをアピールしただけとなったような気がします。この変化は、学生時代に女性の事となると照れ屋で赤面症だった自分を変えたいと思っていた結果、受身で居ると自分を見透かされてしまうと、気持ち的にも優位になった状態で、余裕を持って話せれば、照れ屋の自分を見せなくて済むという安易な考えの行動ではあったのですが、付け焼刃的な行動でうまく行くはずもなく、実践場へと送り出されました。

 仕事はハードで、かつ女性とは縁の遠い職場で、出逢えるとしても女性事務員くらいで、私も話した事があるのは、ほんの一握りの女性社員のみ。特に実践も1ヶ月の研修後、奈良市の現場へ飛ばされ、現場のプレハブに1年間泊まる事になり、女性の出会いなんて夢また夢の生活となってしまいました。

 その中で、お盆休みに、私は宮崎へ帰省したのですが、その前にあの失恋した佐藤裕子に手紙を書きました。内容は、彼女が男性恐怖症であった事実に対し、告白して悩ませてしまったことへの反省とお詫び、そして、その前の友達として、元気にやっているかな~という近況報告も含めた内容でした。

 宮崎へ帰ると、彼女から手紙が届いていました。私は、手紙が来るなんて思っても居なかったので、嬉しくてすぐに中身を確認しました。その内容は、現在、仕事で頑張っているという内容が書いていました。元気で良かったとホッとした後に書いてあった内容が・・・。

【現在、職場の先輩と付き合う事になりました。その人と居ると安心出来て、ホッと出来ます。せっかくの手紙でしたが、これ以上手紙などを送るのは止めて下さい。お願いします。】

との文章で締めくくられていました。

結局、1年前に振られた原因には、彼氏としては見てもらえなかった、男性恐怖症が無くても彼氏になれなかった現実を突きつけられ、完全に昔の思い出となってしまった瞬間でした。

社会人1年目は、失恋の結末を知る事になった事と、仕事ばかりの1年間となってしまいました。

今までの話の中で、出て来てない登場人物が居まして、振られてから社会人となる前の半年間の間にある出会いがありました。その女性は本屋の娘さんで、私が立ち読みに行くとたまに店番をしていて、可愛いなぁ~と思っていた子が居ました。が、その子は、いつの間にか親友の彼女になっていた事に社会人になる前に知り、誰にも知られないまま、淡い恋が終わっていた事もありました。何故ここで話題に出したかと言うと、その子と私は親友の彼氏が居るのにも関わらず、文通をしていました。その理由は・・・。彼氏との相談とかを聞いていたのでした。この頃からモテない代わりに、少しずつ相談相手としての私の存在価値が出来始めた頃でもありました。その子とは2年間文通を続けていました。終わった原因は勿論彼氏と別れた・・・ということなのですが。この話は、自分が成長していく中での第一歩という事だったと思っています。

 

 社会人も2年目に突入しました。相変わらず職場は奈良市の現場で、変わったのは現場泊まりだったのが、通勤になった事で、寮から通うのはいいのですが、帰りは遅い為、正直きついだけの変化の無い生活となってしまいます。

 その2年目に、会社に新入社員が入ってきます。女性も当然入ってきて、私の話の中に関わってくる人達ばかりが、この世代が殆どでした。

 西杏子(仮名)、建築部の事務で、1番接する事の多かった女性。惚れられるより惚れたいという女性で、好きになると周りが見えないタイプ。明るく、気軽に話しかけてくれる子でした。

 中東香織(仮名)、総務の女性で、見た目は当時は歳より老けて見えたのですが、考え方が大人で太刀打ち出来ないタイプ。当時は苦手な方の部類で、実を言うとあまり話していないのですが、何故か後から関わってしまう女性。

 蔵元直実(仮名)、総務の女性で、このメンバーの中では1番可愛いと言われていた女性。確かに可愛いのだけれど、自分が引っ込み思案の性格の為、きっと相性が悪いだろうなと思っていて、結局関わりが少なかった女性。

 森元八重子(仮名)、代議士の娘さん。総務の女性でしたが、正直縁遠い人。距離を1番とっていた女性です。

 この4人が入ってきた事により、私の周りが少しずつ騒がしくなり、私の中でも色々な変化が出てくることになるのでした。

 それは・・・・

続く

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CM

いよいよ次からは社会人編。

無風状態だと思って過ごしてきた学生時代。

これからは・・・。

きっと無風。

次からは笑いを入れるべきかな?

お笑いのメンバー揃っているし。

暴露も出来るし。

(* ̄∀ ̄)"b" チッチッチッ

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みやざきけんいちの半生4

 いよいよ待ちに待った県体予選。

 実はこの1週間の間に、結果を恐れ、悩み、ほとんど主将の仕事をせずに、悩むだけの毎日を過ごしていた。そんな私を見て、友人の中条が私に声を掛けて来て、思わず私は1週間前にした電話の事を打ち明けるのだった。その内容を聞き、中条は応援してやるから、くよくよせずに、その日まで明るく頑張ろうと言ってくれて、なんとか冷静さを取り戻していたのだった。

 ただ、それが悪夢を引き起こすのだが・・・。

 県体予選は、浮かれた主将の下、優勝候補にまで挙がっていながら、持ち前の勝負弱さを発揮し、23位という散々な結果に終わってしまった。

 後は・・・。告白の結果を聞くのみ・・・・。

 しかし、県内の全ての弓道部員が集まる会場で2人きりなどなれるはずも無く、会場を去る時間が来てしまった。

 みんなが帰る支度をする中で、中条が私に

『今行かなくてどうする。今行かなきゃ。今聞いておかなきゃ。行くぞ。』

と言うと、何故か同じ部員たちも賛同し、私は背中を押されるように、彼女の元へ向かった。

既に帰ろうとしている彼女を見つけ、私は思わず声を掛けた。

周りも見ずに・・・。

声を掛けたのは、会場玄関から少し出た付近で、当然皆がそこを通って帰るし、駐車場が目の前の為、バスに乗っている人達も居る状態で、ほとんどの人が何事かと興味本位で注目していたのだ。彼女にとっても、こんな状況で結果を言うのは、どちらにしても辛いだろうし、もっとそういう空気を読むべきだったと後悔ばかりをしてしまった。

そんな中で、結果は出た・・・。

『ごめんなさい。』

そう言うと、彼女はそれ以上の事は話さずに、みんなの所へ戻って行った。

完全なる失恋だ・・・。

まぁあんな状況じゃ無理も無いかと思いつつ、皆に醜態を見せてしまった事が急に恥ずかしくなり、早くこの場を去ろうと思っていた。

そこへ、彼女の部の主将がやってきた。

ちなみにその主将は、私が合同練習を企画し始めて、うちの高校の副主将と仲良くなっていて、それなりに私とも会話をしていたので、声が掛けやすかったのかもしれない。

彼女は私の所へ来て

『実はね。彼女、前に男性からストーカー紛いの行為をされて男性恐怖症になっているの。だから、貴方の事が嫌いとかそういうんじゃなくて、男性とは今は誰とも付き合えないみたいだから・・・。』

と言うと、すぐに彼女の元へ走って行った・・・。

聞かなきゃ良かった・・・。

私は、失恋した事のショックより、彼女がそんな状態だということを知らずに、自分がただ、彼女に気持ちを伝えたくて、気持ちをぶつけた結果、彼女を傷つけてしまった事がたまらなく嫌になり、涙が止まらなくなってしまった。

別に付き合わなくっても良かったのに・・・。彼女が笑顔で、友達としての笑顔でもいいから笑って欲しかったのに・・・。私は彼女から笑顔を奪ってしまったと・・・。

駅までの数十分の道程で、私はずっと泣いたままの状態だった・・・。

気がつけば、駅に着いていた。

そこで、間抜けな自分に気がついた。

考えてみれば、地区が一緒なのだから、帰りの電車も同じなわけで、急ぐ必要な全く無かったわけである。電車を待つ間、彼女は主将に肩を添えられながら泣いていた。泣いてる彼女を見れば見るほど、後悔が募っていった。

電車での1時間強の間、満員電車にも関わらず、みんなで席を取ってくれて、私と彼女は隣り合わせで座って帰った。その間、ほとんど話も出来なかったが、彼女が一言ごめんねと言った言葉だけが脳裏に焼きつき、私の学生時代に恋は終わったのであった。

続く

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みやざきけんいちの半生3

 中学時代に女性について考え方が少しずつ変わり始めた私であったが、ほんの少し女性恐怖症になりつつもあった。高校を選択するのにも、一般的にみんなが選ぶ普通科と違い、女性がほとんど居ない工業高校を選択していた。この選択を後々後悔はするのだが、その当時は、女性が居ないので、気を遣う事も無いと安易な考えを持っていたのも事実だった。

 高校生活は、家が近くという事もあり、部活と勉強?の日々に明け暮れた。部活は弓道部を選択するという、いつもの主体性の無い選択であった。ただ、その弓道部はいつもと違い、長続きをして、2年の秋には主将に抜擢された。主将と言えば、統率力のある人物がするものだろうが、私の場合には、部内で役員を決めるのに会計から始め、副主将2名を決めた残りで選ばれるという一風変わったやり方であった。余り物と言う言葉が合うような気もするのだが、この主将になった事で今まで女性に縁の無かった高校生活に春が訪れる事になった。それは・・・。

 私の地区には高校が3校あり、普通科、工業、商業とも今まで全くと言っていいほど、部活の交流が無く、話すらした事が無かったのであるが、何度か公式試合に行く中で、同級生と出会う機会があり、その中に小学生の時に、好きな女性を本命では無いのに、言ってしまった佐藤裕子の姿もあった。2人の中での関係と言えば、同じクラスで話を普通にしていた間柄であり、特別な感情も無い2人には、むしろ出会ってみれば、普通に『久しぶり~』から会話が始まるのであった。私が主将、相手は会計と役のある立場というのを利用し、その後、私は合同練習という名を借りて、スケジュール調整の為に電話のやりとりをやっていたのであった。思えば、そこまでで終わっていれば、楽しいやり取りのみで終わる事が出来、楽しい高校生活の思い出になったのかもしれない。やはり高校内に女性が皆無の状態は、時に判断力を鈍らせ、暴走させるものである。何度か合同練習や公式試合で会う機会が多くなっていくうちに、自分の中で、もしかしたら♪・・・なんて気持ちが頭を出し始め、自分の気持ちを相手に伝えたくて、相手の気持ちも知りたくなって、歯止めが効かなくなったある日、想いを伝えるべく、電話を掛けるのであった。ただ、掛けるだけで1時間電話の前で格闘する私。小心者の性格は全然治っておらず、掛けて話す時にも、心臓の音が口から飛び出してしまいそうな勢いで鳴っている始末。でもそんな状況でも、私は彼女に想いを伝えたのである。

『あのね・・・こうやって話をするようになって、貴方の事が気になり始めて、気がついたら好きになってたんだよね・・・・。好きになってしまいました。付き合って下さい。すぐに返事は出来ないだろうし、考える時間も必要だろうから、今度の県体の時に、返事聞かせて下さい。それじゃ・・・。』

言いたい事は言ったつもりだった。相手に考える余裕も与えた。ただ、失敗だったのは、県体に返事を貰うって、どうやって聞けばいいのだろう?2人っきりになれるんだろうか?後から、何も考えずに勢いだけで言ってしまった事に後悔しつつ、最後の県体に期待と不安を持ち込んでしまうのであった。

続く

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みやざきけんいちの半生2

 初恋が散った私に、ほのかな想いが芽生えたのが中学2年の頃。

 結局、田爪幸代とは小学6年間と中学1年まで一緒のクラスだったのが、中学2年で別れ別れになり、話す事も無くなってしまった頃、ふと気がつくと、修学旅行で私が言った名前の張本人、佐藤裕子と同じクラスになっていた。佐藤裕子も気軽に話してくるタイプで、小学校から知ってるだけに、私に対して優しく接してくれた。ただ、話すだけで満足でそれ以上を求めるわけでもなく、1年でクラスが替わり、気持ちだけ残し、また自分の中で終わりを告げてしまった・・・。

 その頃からだろうか。少しずつ女性を意識し始めたのは。女性を意識するあまりに素直になれない自分が居て、時に人を傷つけてしまうこともあった。

 忘れもしない、中学3年のある日。休憩時間にそれは起こった。私が自分のクラスで休憩していると、隣のクラスの清田栄子(仮名)が友達に会いにやってきて、楽しく話しているのであった。清田は1年の頃に一緒のクラスで、特別仲がいいわけでも悪いわけでもなく、普通に話せる相手ではあったが、あまりに楽しそうだったので、ついちょっかいを出してしまい、彼女に、

『なんで、あんたここに来てるの?』

と冷たい口調で言ってしまったのであった。

次の瞬間、彼女は教室を飛び出し、泣きながら出て行ったのである。

自分でも、思っていないとはいえ、冗談でも言うべきでは無いとわかっていたが、謝りに行く力も、後悔を顔に出せる訳も無く、ただ、平静を装う事しか出来なかった。

少し経って彼女の姉がやってきた。彼女の言葉は私の耳には入らなかった。言ってる事は聞かなくてもわかる。自分が1番後悔しているのだから。彼女は私に罵声を浴びせて帰って行った。あの時、あの瞬間、彼女の涙を見た瞬間に、いくら自分が女性と話すのが苦手であっても、照れ屋で赤面する姿を見せたくない為に虚勢を張っていたとしても、決して無意味な行動で、人を傷つけてはいけない、女性には優しくなければいけないと、まだ大人への第一歩も踏み出せない私が、無意識のうちに胸に刻んだ想いが、今でも残っているのだと思っている。

続く

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みやざきけんいちの半生

私宮崎賢一41歳・・・。

 今はバレていないが、照れ屋で内気でなにげに女性と話すと赤面してしまう結構純な男性であるが、それはあまり知られていない。

 現在宮崎に住み、自分の家を持ち、借金まみれにはなったが、家庭は至って平和で何処にでもあるような暮らしを続けている。そんな私がふと暇な時間が出来てしまうと、よく昔の事を思い出してしまう。41歳になれば恥ずかしいとか照れるとか言ってると馬鹿にされるかもしれないが、それを続けてここまで来たのだと、それが私なのだと声を大にして言いたいのだが・・・。他の人にしてみればたいしたことでは無いのである。

 女性・・・異性にあまりもてた事が無かったのだが、チャンスが無かった訳では無く、人並みにいろんなシチュエーションもあったのだが、うまく行く事が少なかったのも事実・・・。失敗の始まりは小学校6年生からである・・・。

 小学校6年の頃、ごくごく目立たない私であったが、それなりに楽しい小学校での生活であった。友達も居たし、勉強より遊びを優先して、いつも遊んでいたような気がする。ただ、躓きは修学旅行からであった。修学旅行は鹿児島だったであろうか。修学旅行は、今まで見たことの無い景色やいろんな体験が出来、それは楽しいものではあるが、必ず夜は訪れる。夜・・・・。大抵の場合、夜中に寝たふりをした後に、みんな布団に潜って、クラスの中で誰が好きかをみんなで言い合うのである。当然私もその場所に遭遇し、言わされる羽目になるのだが、その頃私は女性にそれほど意識はしていなかったのだが、帰り道が一緒の方向でよく一緒に帰っていた田爪幸代(仮名)の事がその中でも気になる存在ではあった。その名前を言ってしまうべきかどうかを悩んでいる間に、みんなの意見が飛び交った・・・。

『俺は田爪だな。』『俺は佐藤だよ。』『俺も田爪。』『俺も』

まずい・・・。と思った。2人に絞られている中で田爪が多い事に気がつき、最後に私に振られてしまった瞬間に咄嗟に私は

『うーん・・・・佐藤・・・』

とつい嘘を言ってしまったのだった。

とは言っても修学旅行の中での男性陣の馬鹿話。私の中ではその時点で忘れていたのだが、ふと記憶を呼び戻す事が起きた。修学旅行も終わり、普段の生活が流れて行っている頃に、私と田爪はその日2人で帰る事になった。いつものように学校の事や他愛も無い話をしながら帰っていたのだが、ある瞬間に田爪が私に、

『そういえば、聞いたよ。』

『ん?何を?』

『みやけん(と呼ばれていた)の好きな人。修学旅行にみんなで話したんでしょ?』

『あーー。誰がばらしたの?』

『ふふ。佐藤さんの事が好きだったんだねー。応援するからねー。』

この時点で、私は、違うんだと否定する力も無く、ましてや、貴方が好きなのなんて言える勇気も無い。結局、この日を境に単なる友達を確定付けられて、初恋が終了したのである。

続く

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